小作品集「記憶の余韻」

宮崎画集はひとつの節目。けれど絵は今も描かれ続けています。若き日のスケッチ、日常の断片、旅の光景——それらは記憶の底に沈んだ風景や声のように、静かに佇みます。この小作品集「記憶の余韻」には、画集に収まりきらなかった“もうひとつの宮崎”が息づいています。

空にそびえる記憶 – 大浦天主堂の写生より

タイトル「大浦天主堂」の宮崎の油絵画像 F6サイズ
大浦天主堂(長崎) F6

ノートルダム寺院 — セーヌのほとりから見つめた憧憬

タイトル「ノートルダム寺院」の宮崎の油絵画像 1975年ヨーロッパ研修旅行の作品 F6サイズ
ノートルダム寺院(パリ) 1975 F6

その視点には、憧れだけでなく、風景に潜む時間の流れや、都市の呼吸を感じ取ろうとする繊細な感性が宿っています。水辺に映る光と影、石造りの壁に滲む歴史の気配。それらを丁寧に拾い上げながら、宮崎は自身の筆で、寺院のもうひとつの表情を描き出しました。

海岸線の記憶 — 台湾東海岸の旅より

タイトル「ベニスの街角」の宮崎の油絵画像 1975年ヨーロッパ研修の作品 F10サイズ
ベニスの街角 1975 F10

その賞金で訪れた台湾の東海岸では、花蓮の港を描いたことで中国のスパイ容疑をかけられ、台中の農村でも再び警察に連行されるなど予期せぬ困難に見舞われます。いずれも現地の人々の助けで事なきを得ましたが、日本行きの飛行機が離陸した瞬間の安堵は、今も深く記憶に残っているといいます。

室戸岬の記憶 — 坂本龍馬の風を感じて

タイトル「岩(室戸)」の宮崎の油絵画像 2010年作品 F6サイズ
岩(室戸) 2010 F6

夕焼けの記憶 — 天草西海岸より

タイトル「磯(天草西海岸)」の宮崎の油絵画像 F10サイズ
磯(天草西海岸) F10

故郷を離れてからというもの、あの色彩に再び出会うことはなかなか叶わず、記憶の中に残る風景が、より鮮明に心に浮かぶようになったといいます。

ひまわりに惹かれて — 宮崎の初期作品より

タイトル「ひまわり」の宮崎の油絵画像 F10サイズ
ひまわり F10

宮崎が若い頃に繰り返し描いたのは、夏の陽射しをまっすぐに受け止めるひまわりでした。 その力強さに心を奪われ、キャンバスに向かうたび、花の輪郭と内に秘めた生命力を探るように筆を重ねていったといいます。

ひまわりは、ただ明るいだけの花ではありません。 太陽を追いかけるように咲くその姿には、前を向いて生きようとする意志や、若さゆえの衝動が宿っています。 宮崎の初期作品には、そうした感情の揺らぎと、描くことへの純粋な憧れがにじんでいます。

今、あらためてその絵に向き合うと、ひまわりの黄色がただ鮮やかに映るだけでなく、描き手の内面が透けて見えるような気がします。 それは、絵の中に残された「若さの記憶」なのかもしれません。

山かげの記憶 — 天草の風景より

タイトル「天草風景」の宮崎の油絵画像 F6サイズ
天草風景 F6

宮崎はこの風景に、幼い頃から親しんできました。 描かれた画面には、ただ地形を写すだけでなく、そこに息づく記憶や、暮らしの気配が丁寧に刻まれています。

黒潮の輪郭 — 和歌山から高知への旅路

タイトル「南紀の海」の宮崎の油絵画像 2010年作品 F20サイズ
南紀の海 2010 F20

名古屋から伊勢・志摩を経て、熊野灘を望む和歌山のリアス式海岸へと至る道のり。 宮崎が見つめたその海辺には、黒潮に洗われた岩肌と入り組んだ海岸線が織りなす、凛とした美しさがありました。 ただ穏やかなだけではない、波の力強さと地形の複雑さが、自然の厳しさと豊かさを同時に語りかけてきます。

この旅の途中、宮崎は何泊かを重ね、海と風の記憶を身体に刻みながら、フェリーで高知へと向かいました。 その移動の軌跡は、単なる地理的な移動ではなく、風景との対話であり、心の深層に触れる時間でもあったのです。

作品には、旅の断片が静かに息づいています。 黒潮の輪郭をなぞるように描かれた海岸線は、宮崎が感じ取った自然の息吹と、自身の内なる旅路を重ね合わせたものです。

晩秋の輪郭 — 南郷谷から望む高岳

タイトル「南阿蘇の秋」の宮崎の油絵画像 F15サイズ
南阿蘇の秋 F15
寄贈先:熊本市 中村天香 邸

南郷谷から見上げる高岳は、季節や時間によってその姿を変えながら、さまざまな場所から異なる表情を見せてくれます。 その山容は、ただ雄大であるだけでなく、周囲の風景と呼応するように、静かに語りかけてくるようです。

宮崎がとりわけ心を寄せたのは、晩秋の高岳でした。 木々が色づき、空気が澄み渡るその季節には、山の輪郭がよりくっきりと浮かび上がり、光と影が織りなす立体感が際立ちます。 その美しさは、見る者の記憶に深く刻まれるような、静かな力を持っています。

この作品には、宮崎が南郷谷で感じた「山と人との距離感」が繊細に描かれています。 遠くにあるはずの高岳が、どこか身近に感じられるのは、風景の中に込められた宮崎のまなざしが、鑑賞者の心にもそっと寄り添ってくるからです。

静かな脇役 — わら編みの篭と唐箕の記憶

タイトル「農具小屋で」の宮崎の油絵画像 F6サイズ
農具小屋で F6

主役ではないけれど、確かな存在感を持つこの篭は、農具としての実用性だけでなく、暮らしの記憶や手仕事の温もりを象徴するものでもあります。 宮崎は、こうした道具に宿る時間の積み重ねや、人の手の痕跡に深いまなざしを向けてきました。

根子岳の記憶 — 高森峠より

タイトル「根子岳」の宮崎の油絵画像 F6サイズ
根子岳 F6

この作品は、宮崎が高森峠の中ほどから根子岳を見つめ、静かに描き上げた一枚です。 峠の緩やかな起伏の先に現れる根子岳は、遠景でありながらも、どこか身近な存在として画面に立ち現れています。

筆致には、土地への敬意と、自然との対話が感じられます。 ただの写生ではなく、宮崎自身の記憶とまなざしが重なり合い、風景が心象風景へと昇華しているのです。

海から立ち上がる風景 — 倉岳・龍ヶ岳を望む不知火海岸

タイトル「天草風景」の宮崎の油絵画像 M30サイズ
天草風景 M30
寄贈先:熊本市 きたの胃腸科内科クリニック

宮崎はこの地を訪れ、山に登ることで初めて出会える風景に心を動かされました。 登るほどに視界が開け、眼下に広がる海と集落が、まるで絵の中に吸い込まれるような奥行きを生み出します。

谷間に佇む記憶 — 静かな集落の風景

タイトル「晩秋」の宮崎の油絵画像 F20サイズ
晩秋 F20

この作品には、懐かしさと静けさが同居しています。 描かれているのは、ただの風景ではなく、宮崎の心に残る幼き日の記憶や、かつての暮らしの温もりです。 木々の間から差す光や、家々の影の柔らかさに、時間の流れが静かに織り込まれています。